東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6941号 判決 1982年1月28日
原告 株式会社加州相互銀行
右代表者代表取締役 林俊平
右訴訟代理人弁護士 小谷野三郎
同 中村巌
同 西尾孝幸
同 虎頭昭夫
同 出嵜進
同 的場徹
被告 有限会社陸中興業
右代表者代表取締役 達城學在
被告 池仁浩
右訴訟代理人弁護士 小原卓
被告 金高子
同 梁行珍
右被告両名訴訟代理人弁護士 大平弘忠
主文
一、被告有限会社陸中興業と被告池仁浩との間の被告有限会社陸中興業を賃貸人、被告池仁浩を賃借人とする昭和五四年八月三〇日付の別紙目録に記載の(一)から(三)までの土地、(四)の建物についての期間を三年とする賃貸借契約を解除する。
二、被告池仁浩は、別紙目録に記載の(一)から(三)までの土地、(四)の建物についてされた東京法務局台東出張所昭和五四年八月三一日受付第一八六九三号賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告有限会社陸中興業と被告金高子との間の被告有限会社陸中興業を賃貸人、被告金高子を賃借人とする昭和五四年一〇月三一日付の別紙目録に記載の(四)の建物についての期間を三年とする賃貸借契約を解除する。
四、被告金高子は、別紙目録に記載の(四)の建物についてされた東京法務局台東出張所昭和五四年一一月一日受付第二二九二八号賃借権設定登記の抹消登記手続をせよ。
五、原告の被告梁行珍に対する請求を棄却する。
六、訴訟費用中原告と被告有限会社陸中興業、被告池仁浩、被告金高子との間に生じたものは被告有限会社陸中興業、被告池仁浩、被告金高子の負担とし、原告と被告梁行珍との間に生じたものは原告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
1. 請求の趣旨
(一) 主文第一から第四項までと同旨
(二) 主文第三項の予備的請求
被告有限会社陸中興業と被告梁行珍との間の被告有限会社陸中興業を賃貸人、被告梁行珍を賃借人とする昭和五四年一〇月三一日付の別紙目録に記載の(四)の建物についての期間三年とする賃貸借契約を解除する。
(三) 被告梁行珍は、原告に対し、別紙目録に記載の(四)の建物を明け渡せ。
(四) 訴訟費用は、被告らの負担とする。
(五) 第(三)項について仮執行の宣言
2. 請求の趣旨に対する被告らの答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
二、当事者の主張
1. 請求の原因
(一) 原告と高沢敬子とは、昭和五三年九月一八日、相互銀行取引契約を締結し、右取引から生ずる高沢の債務についての遅延損害金を一〇〇円につき一日四銭の割合とし、高沢は、同月二〇日、原告に対し、右取引から生ずる債務を担保するために高沢所有にかかる別紙目録に記載の(一)から(三)までの土地、(四)の建物(以下「本件土地、建物」という。)について極度額を六六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同日、その旨の根抵当権設定登記を経由した。
高沢は、昭和五四年三月三〇日、原告の連帯保証の下に安田火災海上保険株式会社から利息を年七分三厘と定めて六二〇〇万円を借り受けたが、期限に弁済を怠ったため、原告は、同年一〇月六日、安田火災海上に対し、連帯保証人として元金六二〇〇万円、利息九三万九三四二円合計六二九三万九三四二円を支払い、高沢に対し、求償債権を取得した。
(二) 原告は、東京地方裁判所に対し、前記根抵当権に基づき本件土地、建物について競売の申立てを行い、同裁判所は、昭和五四年一二月五日、競売手続開始決定をした。
(三) ところが、高沢は、昭和五四年八月三〇日、被告池仁浩に対し、本件土地、建物を期間三年として賃貸し、東京法務局台東出張所同月三一日受付第一八六九三号をもって賃借権設定仮登記を経由させた。
(四) 本件土地、建物は、昭和五四年九月二一日に高沢から中込襄へ、同年一〇月二七日に中込から被告陸中興業にそれぞれ譲渡され、それぞれその旨の所有権移転登記がされた。
(五) 被告陸中興業は、昭和五四年一〇月三一日、被告金高子に対し、本件建物を期間三年として賃貸し、東京法務局台東出張所同年一一月一日受付第二二九二八号をもって賃借権設定登記を経由させた。
(六) 被告金は、同年一一月一日、被告梁行珍に対し、本件建物を転貸し、同被告は、現に本件建物を占有している。
(七) 仮に、被告金が被告梁に転貸していないとしても、同年一〇月三一日、賃借権が譲渡されたものである。
(八) 前記競売事件における原告の高沢に対する債権は、六二九三万九三四二円及びこれに対する競売開始決定送達の日から支払済みまでの一〇〇円につき一日四銭の割合による約定遅延損害金であるところ、昭和五五年五月一六日の競売期日における本件土地、建物の最低競売価格は、六二六二万円であって、原告の債権全額をまかなうことができない。
右最低競売価格の算定に当たっては、本件建物に付けられた被告陸中興業と被告金との間の昭和五四年一〇月三一日の短期賃借権が一六四五万円と評価されており、その価額だけ本件土地、建物の価格が減ぜられているものである。また、本件土地、建物には前記のように被告池に対して昭和五四年八月三〇日の短期賃借権が付されているのであるから、現状のままでは、競売価格が更に下落することは疑いないところであり、右二つの短期賃貸借は、本件根抵当権者である原告に損害を及ぼすことは明らかである。
(九) よって、原告は、被告陸中興業と被告池との間の本件土地、建物の前記賃貸借契約の解除、その賃借権設定仮登記の抹消登記手続、被告陸中興業と被告金との間の本件建物の前記賃貸借契約の解除、その賃借権設定登記の抹消登記手続を求める。
仮に、被告金が被告梁に対して本件建物の賃借権を譲渡したのであるならば、予備的に被告陸中興業と被告梁との間の本件建物の右賃貸借契約の解除を求める。
(一〇) 被告梁の本件建物についての賃借権(被告金からの転借権又は賃借権の譲受けによる賃借権)は、右のように被告陸中興業と被告金との間の、又は被告陸中興業と被告梁との間の賃貸借契約が解除されたから、そのよって立つ基礎が消滅し、被告梁は、本件建物を占有すべき法律上の根拠を喪失した。
このように被告梁が占有すべき法律上の根拠を喪失したのにもかかわらず、本件建物を占有することによって根抵当権の円満な行使が妨げられ、競売価格が下落し、根抵当権者である原告は、被担保債権の完全な回収が阻害されているものである。このような場合には、物権である根抵当権に基づいて、不法占有者である被告梁を本件建物から排除することができるものというべきである。
仮に、根抵当権に抵当目的物の不法占有者の妨害排除請求権が認められないとしても、高沢は、原告に対し、本件根抵当権設定契約の締結に際し、抵当目的物に賃借権の設定を行わないなどの目的物の維持、保全を行うとの約束をし、これによって、原告は、高沢に対し、本件建物の現状維持、保全を求めうる請求権を取得し、この請求権は、その後本件建物の所有権を取得した被告陸中興業に対して主張し得べきところ、原告は、この請求権を基本債権として被告陸中興業の所有権に基づく被告梁に対する明渡請求権に代位して被告梁に対して本件建物の明渡しを求めることができるというべきである。
(一〇) よって、原告は、被告梁に対し、本件建物の明渡しを求める。
2. 請求の原因に対する被告らの認否
(一) 被告陸中興業(本件口頭弁論期日に出頭しないが、その提出にかかり陳述したものとみなされた答弁書には、次のような記載がある。)
(1) 請求の原因(一)の事実は、知らない。
(2) 同(二)の事実は、知らない。
(3) 同(三)の事実は、認める。
(4) 同(四)の事実は、認める。
(5) 同(五)の事実は、認める。
(6) 同(六)の事実は、認める。
(7) 同(八)の事実は、否認する。
(8) 同(一〇)の主張は、争う。原告は、被告陸中興業に対して債権を有するものではない。
(二) 被告池
(1) 請求の原因(一)のうち原告と高沢が昭和五三年九月二〇日高沢の所有にかかる本件土地、建物について極度額を六六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、原告が同日、その旨の根抵当権設定登記を経由したことは認め、その余の事実は知らない。
(2) 同(二)の事実は、認める。
(3) 同(三)の事実は、認める。
(4) 同(四)及び(五)のうち原告主張のような登記がされていることは認め、その余の事実は知らない。
(5) 同(八)の事実は、知らない。被告池が高沢から本件土地、建物を賃借し、その仮登記を経由したのは、原告の根抵当権を害する目的で行ったものではない。
(三) 被告金、被告梁
(1) 請求の原因(一)のうち原告と高沢が昭和五三年九月二〇日、高沢の所有にかかる本件土地、建物について極度額を六六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、原告が同日、その旨の根抵当権設定登記を経由したことは認め、その余の事実は知らない。
(2) 同(二)の事実は、認める。
(3) 同(三)の事実は、知らない。
(4) 同(四)の事実は、認める。
(5) 同(五)の事実は、認める。
(6) 同(六)の事実は、認める。
(7) 同(八)の事実は、知らない。被告金、被告梁の賃借権が存在しても、原告の根抵当権は、侵害されていない。
(8) 同(一〇)の主張は、争う。
三、証拠<省略>
理由
一、<証拠>によれば、請求の原因(一)の事実が認められる(原告と高沢とが昭和五三年九月二〇日、高沢所有にかかる本件土地、建物に極度額を六六〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、原告が同日、その旨の根抵当権設定登記を経由したことは、原告と被告池、被告金、被告梁との間においては争いがない。)
二、原告が東京地方裁判所に対し、前記根抵当権に基づき本件土地、建物について競売の申立てを行い、同裁判所が昭和五四年一二月五日、競売手続開始決定をしたことは、原告と被告池、被告金、被告梁との間においては争いがなく、原告と被告陸中興業との間においては、<証拠>によって認めることができる。
三、高沢が昭和五四年八月三〇日、被告池に対し、本件土地、建物を期間三年として賃貸し、東京法務局台東出張所同月三一日受付第一八六九三号をもって賃借権設定仮登記を経由させたことは、原告と被告陸中興業、被告池との間においては争いがない。
四、本件土地、建物が昭和五四年九月二一日に高沢から中込襄へ、同年一〇月二七日に中込から被告陸中興業にそれぞれ譲渡され、それぞれその旨の所有権移転登記がされたこと、被告陸中興業が昭和五四年一〇月三一日、被告金に対し、本件建物を期間を三年として賃貸し、東京法務局台東出張所同年一一月一日受付第二二九二八号をもって賃借権設定登記を経由させたことは、原告と被告池を除くその余の被告らとの間においては争いがなく、原告と被告池との間においては<証拠>によって認めることができる(その旨の登記がされたことについては、当事者間に争いがない。)
五、被告金が昭和五四年一一月一日、被告梁に対し、本件建物を転貸し、同被告が現に本件建物を占有していることは、原告と被告金、被告陸中興業、被告梁との間においては争いがない。
六、<証拠>によれば、原告が高沢に対する本件根抵当権に基づき本件土地について申し立てた競売の確定債権は、原告が高沢のために安田火災海上に代位弁済した元本六二〇〇万円、これに対する利息九三万九三四二円、合計六二九三万九三四二円の求償債権及びこれに対する競売開始決定送達の日の翌日から右支払済みに至るまでの一〇〇円につき一日四銭の割合による約定遅延損害金であり、右競売事件において競売裁判所である東京地方裁判所が鑑定人に対して本件土地、建物の価格の鑑定を命じたところ、同鑑定人は、昭和五五年一月二六日現在をもって本件(一)の土地を七五三万円、本件(二)の土地を二四五万円、本件(三)の土地を三一六万円、本件(四)の建物を四九四八万円、合計六二六二万円と評価したが、本件建物の評価は、基礎となる土地価格を近隣の土地の時価を勘案の上、一平方メートルにつき一八〇万円とし、法定地上権をその八五パーセント、建物の再調達原価を一平方メートルにつき九万円、経年に伴う減価修正等を施して残存価値率を三〇パーセントとし、これに法定地上権価格を加算し、その額から被告金の本件建物の賃借権及び被告梁の転借権の価格を控除することによって行い、それによれば被告金の右賃借権及び被告梁の右転借権の価格は賃貸人に差し入れた保証金一五四〇万円、前払賃料三六〇万円を含めて約二六二二万円とされており、昭和五五年六月四日の競売期日における本件土地、建物の最低競売価格は一括して六二六二万円とされたが、同期日における競売申出人はなく、次の同年一〇月一五日の競売期日の最低価額が一括して五六三六万円とされたものの、同期日においても競買申出人がなかったことが認められる。
右事実によれば、被告池の本件土地、建物の賃借権の価格がどの程度のものであるか明確ではないが、本件建物については、被告陸中興業から被告池と被告金に二重に賃貸されているのであり、被告池は現に本件土地、建物を直接占有していないこと、土地について賃貸借契約が締結されているとしても、それは本件建物の賃借使用に付随して行われているものにすぎないこと、本件土地の価格が法定地上権の負担があるものとして八五パーセントの減価がされていることなどを考慮すると、本件土地、建物は、被告池の本件土地、建物についての賃借権、被告金の本件建物についての賃借権、被告梁の本件建物についての被告金からの転借権が存在することによって少なくとも二六二二万円の下落を生じ、本件競売事件において、原告は、右被告らの賃借権、転借権がなければ、本件競売代金から被担保債権を十分に回収することができるのに、右賃借権、転借権が存在するために元本債権も回収することができないことが認められ、そうであれば、右被告らの賃借権、転借権が根抵当権者である原告に損害を及ぼすものということができ、被告陸中興業と被告池の間の本件土地、建物についての昭和五四年八月三〇日付の期間を三年とする賃貸借契約、被告陸中興業と被告金との間の本件建物についての同年一〇月三一日付の期間を三年とする賃貸借契約は、解除されなければならないし、被告池は、本件土地、建物についてされた東京法務局台東出張所昭和五四年八月三一日受付第一八六九三号賃借権設定仮登記の、被告金は、本件建物についてされた同出張所同年一一月一日受付第二二九二八号賃借権設定登記の各抹消登記手続をすべき義務がある。
七、原告は、被告梁に対して本件建物の明渡しを求めるので、この点について判断する。
なる程、被告梁は、被告金から本件建物を転借しているものであり、その基本賃貸借契約である被告陸中興業と被告金との間の本件建物についての賃貸借契約が解除された以上、本件建物を占有すべき根拠を失ったものであることは、疑いのないところである。
原告は、根抵当権又は抵当権(以下「抵当権」という。)の効力をもって抵当権の目的物の不法占有者の排除を求めることができると主張するが、抵当権は、目的物の担保力を確保する効力は持つがそれ以上の効力を有するものではなく、その担保力を減殺するものに対して排除を求め得るものにすぎない。したがって、抵当権の目的物に短期賃借権が設定され、そのために右目的物の価格が下落しても、その下落した価格が被担保債権の額を上回る限り抵当権者は右短期賃貸借契約を解除することはできず、短期賃借権の設定によって目的物の価格が下落し、右設定前には目的物の価格が被担保債権の額を超えていたのに、設定後はそれを下回る場合に初めて抵当権者は右短期賃貸借契約を解除することができるのであり、右解除によって抵当権の目的物の価格が短期賃借権の設定前の価格に復するのであるから、抵当権の担保力を減殺するものに対する排除の効力は、その限度で十分に効果を上げているといわざるを得ない。そして、短期賃貸借契約解除後の賃借人は、目的物の不法占有者となり、競落人は、競落後、容易にその者の占有を排除することができるのであるから、抵当権の効力として目的物の不法占有者の占有の排除までも認める必要はなく、その効力の限界は、短期賃貸借契約の解除に止まるべきであると解するのが相当である。
また、原告は、本件建物の所有者である被告陸中興業に代位して被告梁に対し、本件建物の明渡しを求め、原告の被告陸中興業に対する債権として、原告の債務者である高沢は、原告に対し、本件建物には原告の同意なしには賃借権等の設定をしないという約定をし、右約定は右建物の譲受人である被告陸中興業に対抗することができると主張する。しかし、原告と高沢との間にそのような約定がされたとしても、その約定が本件建物の譲受人である被告陸中興業に当然に承継されるものではなく、同被告が右約定を承継したことを認め得る証拠もないのであるから、原告の右主張も、理由がない。
八、よって、原告の被告陸中興業、被告池、被告金に対する請求は理由があるから認容し、被告梁に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 榎本恭博)
<以下省略>